「聖人のなされた通りに」蓮如上人は親鸞学徒の鑑
2010年11月08日
「蓮如上人へ、ある人、申され候う。開山の御時のこと申され候う。
「これは、いかようの子細にて候う」と、申されければ、仰せられ
候う。「我も知らぬことなり。何事も何事も、知らぬことをも、
開山のめされ候うように、御沙汰候う」と、仰せられ候」
(蓮如上人御一代記聞書)
今回の報恩講で教えていただきました。
親鸞聖人がこんなことをなされたと聞いておりますが、それは
なぜでしょうか、と蓮如上人に尋ねた人がありました。
蓮如上人は、答えておられます。
「私にも分からぬ。しかし、何事も、たとえ理由は分からぬこと
でも、親鸞聖人のなされた通りに、しようじゃないか。この蓮如
も、そうする」
いかに深く、親鸞聖人を信じておられたかが分かります。
この世のことでもそうですね。
「理由が納得できねば、やらないぞ」と言っているのは、あまり
相手を信じていない、という表われです。
医師の処方に対して、「なぜ、そんな薬を飲まねばならぬのか。
理由が分からねば、飲まんぞ」とは言いません。医師を信じて
いればこそ、その処方の通りに、薬を飲むではありませんか。
まして世界の光と仰がれる、親鸞聖人の仰せに対して、
「理由が納得できなければ、したがえない」
と言っているようなことでは・・・。
親鸞学徒の私達は、蓮如上人のお言葉を、よくよく胸に刻み、
実行したいと思います。
「我も知らぬことなり。何事も何事も、知らぬことをも、
開山のめされ候うように、御沙汰候」
「これは、いかようの子細にて候う」と、申されければ、仰せられ
候う。「我も知らぬことなり。何事も何事も、知らぬことをも、
開山のめされ候うように、御沙汰候う」と、仰せられ候」
(蓮如上人御一代記聞書)
今回の報恩講で教えていただきました。
親鸞聖人がこんなことをなされたと聞いておりますが、それは
なぜでしょうか、と蓮如上人に尋ねた人がありました。
蓮如上人は、答えておられます。
「私にも分からぬ。しかし、何事も、たとえ理由は分からぬこと
でも、親鸞聖人のなされた通りに、しようじゃないか。この蓮如
も、そうする」
いかに深く、親鸞聖人を信じておられたかが分かります。
この世のことでもそうですね。
「理由が納得できねば、やらないぞ」と言っているのは、あまり
相手を信じていない、という表われです。
医師の処方に対して、「なぜ、そんな薬を飲まねばならぬのか。
理由が分からねば、飲まんぞ」とは言いません。医師を信じて
いればこそ、その処方の通りに、薬を飲むではありませんか。
まして世界の光と仰がれる、親鸞聖人の仰せに対して、
「理由が納得できなければ、したがえない」
と言っているようなことでは・・・。
親鸞学徒の私達は、蓮如上人のお言葉を、よくよく胸に刻み、
実行したいと思います。
「我も知らぬことなり。何事も何事も、知らぬことをも、
開山のめされ候うように、御沙汰候」
海外の親鸞学徒も 報恩講準備に 汗を流されました
2010年11月04日
4日には、親鸞会館で、親鸞聖人報恩講の準備・大掃除でした。
二千畳のたたみ拭き、廊下や階段の掃除など、みんなで汗を流しました。
そんな中に、地球の反対側、ブラジルから参詣された、親鸞学徒の姿が
ありました。いす拭きや、掃除機がけに、一生懸命でした。
飛行機で、30時間もかけて、どんなにこそ疲れておられるでしょう。
しかも時差は12時間ですから、夜と昼とが、正反対。日本では、
朝の10時でも、ブラジルなら夜の10時にあたります。そんな
大変な中を、しかし、「少しでも、お手伝いさせて頂きたいから」と
休む間もなく、掃除に頑張っておられました。
最も遠い海外からの親鸞学徒が、前々日から集まって会館の掃除や
準備をしているのに、日本の、おひざもとの私たちが、報恩講当日の
朝にしか会館に集まらない、というようなことで、よいのだろうか?
海外の学徒のすがたから、深く反省させられたご縁でした。
二千畳のたたみ拭き、廊下や階段の掃除など、みんなで汗を流しました。
そんな中に、地球の反対側、ブラジルから参詣された、親鸞学徒の姿が
ありました。いす拭きや、掃除機がけに、一生懸命でした。
飛行機で、30時間もかけて、どんなにこそ疲れておられるでしょう。
しかも時差は12時間ですから、夜と昼とが、正反対。日本では、
朝の10時でも、ブラジルなら夜の10時にあたります。そんな
大変な中を、しかし、「少しでも、お手伝いさせて頂きたいから」と
休む間もなく、掃除に頑張っておられました。
最も遠い海外からの親鸞学徒が、前々日から集まって会館の掃除や
準備をしているのに、日本の、おひざもとの私たちが、報恩講当日の
朝にしか会館に集まらない、というようなことで、よいのだろうか?
海外の学徒のすがたから、深く反省させられたご縁でした。
猛暑のあとほど美しい紅葉
2010年11月01日
今年の夏は、暑かったですね。
真夏日、猛暑日が続きました。
しかし、木々の紅葉は、その気温差によって、美しさを増すそうです。
今年は、秋らしい秋はなく、急に冬が来たような、寒さです。
あの猛暑から、この寒さ。
この急激な気温差が、山々の紅葉を、より美しくしますよ、と
ラジオで専門家が言っていました。
ちょうど、春の桜が咲く時も、一度、グッと冷え込んで、
その後、あったかくなると、パーッと花開くそうです。
そう考えると、やっかいな「気温差」も、また大切なものだなと
知らされます。
真夏日、猛暑日が続きました。
しかし、木々の紅葉は、その気温差によって、美しさを増すそうです。
今年は、秋らしい秋はなく、急に冬が来たような、寒さです。
あの猛暑から、この寒さ。
この急激な気温差が、山々の紅葉を、より美しくしますよ、と
ラジオで専門家が言っていました。
ちょうど、春の桜が咲く時も、一度、グッと冷え込んで、
その後、あったかくなると、パーッと花開くそうです。
そう考えると、やっかいな「気温差」も、また大切なものだなと
知らされます。
縁は同じでも因が異なれば 〜奄美の豪雨被害に思う〜
2010年10月26日
縁はあっても、一人一人の業因が違えば、結果も異なると、
いつも聞かせて頂いております。
昨日、法友のN・Kさんから聞いた話です。
----先の奄美の豪雨被害で、ある老人ホームに入居していた方たちは、
室内に流れ込んだ濁流を避けようと、カーテンレールにつかまったそうです。
ところが、部分的にレールが壊れていたところがあり、外れてしまいました。
そのため、二人の女性が流されて、亡くなられたのでした------。
同じ日に、同じ部屋に居て、同じくカーテンレールにつかまりながら、
助かる人もあれば、流されて命を落とす人もある。
縁は同じでも、各自の因が違うと、結果が大きく異なるのですね。
ちょうど、覚如上人の「死の縁無量なり」のお言葉を聞かせて頂いた
あとだったので、余計に身にしみて、知らされました。
いつも聞かせて頂いております。
昨日、法友のN・Kさんから聞いた話です。
----先の奄美の豪雨被害で、ある老人ホームに入居していた方たちは、
室内に流れ込んだ濁流を避けようと、カーテンレールにつかまったそうです。
ところが、部分的にレールが壊れていたところがあり、外れてしまいました。
そのため、二人の女性が流されて、亡くなられたのでした------。
同じ日に、同じ部屋に居て、同じくカーテンレールにつかまりながら、
助かる人もあれば、流されて命を落とす人もある。
縁は同じでも、各自の因が違うと、結果が大きく異なるのですね。
ちょうど、覚如上人の「死の縁無量なり」のお言葉を聞かせて頂いた
あとだったので、余計に身にしみて、知らされました。
よもやよもやで日を送り 〜岐阜の倒壊事故に想う〜
2010年10月17日
「呼吸のあいだ
すなわちこれ来生なり」(親鸞聖人)
吸った息が吐けなかったら、もう後生です。
一息一息が、後生とふれあっています。
岐阜市の解体工事現場で、突然倒れてきた壁の下敷きになって、
17歳の女子高校生が、亡くなられました。
「解体工事している近くを通るのは、危険なのに、なぜ近づいたのか」
と言う意見もあるでしょう。
しかし、私達にも、危ないといわれていても、
「まさか、そんなことはなかろう」
「めったなことはあるまい」
と、思う心はないでしょうか。そして、少々、危ないと分かっていても、
やってしまうことがあります。
だから、同じような事故にあって、いつ後生へ出かけねばならないか、
すべての人にとって、これは、等しく起き得る問題なのです。
『信心数え歌』にもありますね。
「二つとせ、不定の命を持ちながら、よもやよもやで日を送り
今宵も知れぬ命とは ほんに今まで知らなんだ」
刻々と迫る無常を念じ、一日も早く、弥陀の本願、聞き抜かせて
いただきたいと思います。
すなわちこれ来生なり」(親鸞聖人)
吸った息が吐けなかったら、もう後生です。
一息一息が、後生とふれあっています。
岐阜市の解体工事現場で、突然倒れてきた壁の下敷きになって、
17歳の女子高校生が、亡くなられました。
「解体工事している近くを通るのは、危険なのに、なぜ近づいたのか」
と言う意見もあるでしょう。
しかし、私達にも、危ないといわれていても、
「まさか、そんなことはなかろう」
「めったなことはあるまい」
と、思う心はないでしょうか。そして、少々、危ないと分かっていても、
やってしまうことがあります。
だから、同じような事故にあって、いつ後生へ出かけねばならないか、
すべての人にとって、これは、等しく起き得る問題なのです。
『信心数え歌』にもありますね。
「二つとせ、不定の命を持ちながら、よもやよもやで日を送り
今宵も知れぬ命とは ほんに今まで知らなんだ」
刻々と迫る無常を念じ、一日も早く、弥陀の本願、聞き抜かせて
いただきたいと思います。

